「細胞の頑強性」を世界で初めて定量的に実証
〜史上最大規模の細胞分析実験に成功し、米科学誌「サイエンス」に掲載(*)〜
(07.3.23)
慶應義塾大学先端生命科学研究所は、最先端のバイオ技術を駆使して、生物学史上最大規模の細胞分析実験を実施した結果、大腸菌の細胞内における振る舞い(代謝)を安定化するための様々な戦略を持っているという「細胞の頑強性」の定量的実証に成功しました。(**) ヒトからバクテリアまですべての細胞は、糖をエネルギー分子のATP(アデノシン三リン酸)に変換する「エネルギー代謝」という機構を持っています。これは最も基本的な生命活動のひとつとされており、約100個の遺伝子で構成されています。 研究グループはまず、4288個ある大腸菌の遺伝子をひとつずつ欠失させた突然変異体を3984種類作成。その中からエネルギー代謝にかかわる遺伝子を欠失した大腸菌を選出しました。また、通常の菌体については、様々な異なる条件で生育させました。これらの大腸菌の細胞内物質を、最先端の分析技術と遺伝子工学などのバイオテクノロジーを駆使して徹底分析し、数千種もの細胞内分子(代謝物質、タンパク質、RNA)を網羅的に計測しました。さらに、代謝物質130種, タンパク質57種とRNA85種について詳細な解析を行い、それらのデータをもとにエネルギー代謝の各ステップにおける代謝流束(酵素反応の速度)をコンピュータで計算しました。 その結果、エネルギー代謝のような重要プロセスを担っている遺伝子が欠失していても、細胞の生存に影響がないだけでなく、細胞内の各種の物質量の変化にもほとんど影響が出ませんでした。また、生育条件を変化させた場合、RNAやタンパク質の量は大きく変化しましたが、代謝物質の量はほとんど変わりませんでした。このように「大腸菌は状況に応じて様々な手段で代謝を安定に保っている」ということが世界で初めて定量的に実証されました。 これは当研究所が5年間独自に開発してきた先端技術を組み合わせて行った世界に類のない大規模な実験であり、今後はこの技術を医療、環境、食品分野に応用していくことになります。 冨田勝先端生命科学研究所長は、 「我々のグループが鶴岡でこの5年間に独自に開発してきた先端技術を組み合わせて、世界の誰も真似のできない大規模な実験を実施することができました。山形の自然豊かな環境が、独創的な研究を育んでくれたのだと思います。今後はこの技術を医療、環境、食品分野に応用して世界があっと驚く成果を出していきたいです。」とコメントしています。 * この論文は米科学誌「サイエンス」2007年4 月27日号に掲載予定です。またそれに先がけて、日本時間3月23日にScience Express ウェブサイトに掲載されました(http://www.sciencexpress.org およびhttp://www.aaas.org)。サイエンスおよびScience Expressは世界最大の総合科学機関である米国科学振興協会(AAAS)により発行されています。 ** 代謝物質の分析には研究グループが独自に開発した「メタボローム解析技術」を応用。キャピラリー電気泳動と質量分析計を組み合わせた「CE-MS」という技術で、同時に数千種類の代謝物質を測定できます。またタンパク質の解析にも独自に開発した測定技術を応用しました。これらの大規模な細胞分析の手法は、様々な分野での応用が期待できます。たとえば、がん細胞に特有の代謝系を突き止め、その代謝系に特異的に働く抗がん剤を開発したり、バイオエタノールやバイオプラスチック生産菌など工業用の有用微生物の代謝系を改善して生産性を大幅に向上することが可能と考えられます。 |
スプリング・サイエンス・キャンプ2007開催 (07.3.22)
2007年3月21〜23日の3日間、全国の高校生を対象とした「スプリング・サイエンス・キャンプ2007」が開催されました(主催:独立行政法人科学技術振興機構、共催:慶應義塾大学環境情報学部・先端生命科学研究所)。このプログラムは、慶應義塾大学鶴岡タウンキャンパスの世界トップレベルのバイオ実験施設を利用して、大腸菌への遺伝子導入など分子生物学の基礎を学び、網羅的な代謝物質分析とコンピュータ上での細胞シミュレーションを実際に行うことでシステムバイオロジーの最先端を体験するプログラムです。全国から16名の高校生が参加し、熱心に実習に取り組んでいました。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 ・山形新聞 3/22 19面 |
バクテリアにデータを保存する新技術を開発 (07.2.20)
慶應義塾大学先端生命研究所と同大湘南藤沢キャンパス (SFC) らの研究グループ(冨田勝所長、大橋由明ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ研究員、政策・メディア研究科修士課程2年谷内江望君)はバクテリアなどの細菌類をデータの長期記録媒体として有効活用する新技術を開発することに成功しました。 すべての生物はその遺伝情報を記録するゲノムをもちます。ゲノムは、A、T、G、Cの四文字からなるDNAの配列で構成され、生物固有の遺伝情報もそのDNA配列の並び方によって決まっています。研究グループは、バクテリアのゲノムDNA配列に人工DNA配列を挿入することによって、バクテリアにデータを長期保存する新技術を開発しました。バクテリアなどの細菌類はその大きさが非常に小さいことや、世代を経てゲノムに遺伝情報を残していくため、CD-ROM、メモリースティック、ハードディスクといったコンピュータに用いられる磁気メディアと比較して格段に小さく、大容量のデータが長期にわたって保存可能な記録媒体になりうるとして注目されています。しかしながら、生物は世代を経るごとにゲノムDNA配列を徐々に変化させるため、挿入した人工DNA配列も同時に変化してしまい、記録した情報が壊れやすいことがこれまで大きな壁となっていました。 そこで研究グループは、情報をDNA配列に変換して合成した人工DNAを、枯草菌Bacillus subtilisというバクテリアのゲノムDNAの複数箇所にコピーして挿入する技術を開発しました。この技術では、保存した情報を読み取るときに、バクテリアの全ゲノムDNA配列からコピーされた同じDNA配列を「あぶりだす」ことができます。また、記録した情報が部分的に破壊されてしまっても、他のコピー配列から正しい情報に修復できるようになりました。研究グループは実際に、1905年にアインシュタイン博士が発表した相対性理論の方程式にちなんで「E=mc2 1905!」というデータを枯草菌に保存し、コンピュータシミュレーションを行って、新技術が世代を経ていくバクテリアに数百年から数千年もの間データを記録できる可能性を示しました。 なお、この技術成果は米化学会が発行する国際学術誌Biotechnology Progressの電子版に掲載され、現在までに多くの海外メディアから取材を受けています。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 ・
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今回の研究に使われたものと同種の枯草菌 |
コンピュータ細胞で赤血球が酸素を感知するメカニズムを予測
〜慶大先端生命研、慶大医学部の共同研究成果〜 (07.2.13)
慶應義塾大学先端生命科学研究所(冨田勝所長、曽我朋義教授、政策・メディア研究科博士課程木下綾子さん)と東京都の慶應義塾大学医学部医化学教室(末松誠教授)の共同研究グループは、細胞内で起こる多数の酵素反応をコンピュータ上に再現したE-CELLヒト赤血球モデルを開発しました。本モデルにより、赤血球のヘモグロビンは低酸素を感知すると構造を変えて解糖系を活性化し、細胞の機能維持や血流調節に必要なATP(アデノシン3リン酸)と酸素を組織に放出するために必要な2,3-BPG(2,3-ビスホスホグリセレート)という代謝物質を生産することを予測しました。鶴岡の先端生命研が開発したメタボローム解析技術(CE-MS法)によって、これらの代謝物質の変動を定量分析したところ、E-CELL赤血球モデルの予測値とメタボローム測定の実測値の挙動が一致し、E-CELL赤血球モデルの予測精度が極めて高いことを実証しました。 本研究は文部科学省リーディングプロジェクト「細胞生体機能シミュレーション」慶應義塾大学拠点の成果(代表:末松誠 医学部教授)であり、E-CELLモデルは JST-CREST 「システムバイオロジーのためのモデリング・シミュレーション環境の構築」(代表:冨田勝 環境情報学部教授)、メタボローム解析技術は山形県および鶴岡市の研究助成金で開発されました。研究成果は米国生化学分子生物学会誌:Journal of Biological Chemistry(2007年2月9日付け、JBC on line)」に掲載されました。 冨田所長は、「先端生命研のメタボローム技術とコンピュータ技術と慶大医学部の技術力をすべて結集させてはじめて実現した、世界の誰も真似のできない研究成果です。今後はこれらの手法を用いて医療・創薬の新たな分野を次々と開拓していきたい。」と話しています。 また、末松教授は、「コンピュータサイエンスとライフサイエンスが融合した学際的研究成果であり、鶴岡キャンパスと医学部との共同による研究もこれを契機にさらに活性化するだろう。」と語りました。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 ・山形新聞 2/14 22面 ・日刊工業新聞 2/14 28面 ・荘内日報 2/15 1面 |
慶大SFC四年生が未知のアミノ酸「運搬役」遺伝子を大量発見 (06.12.21)
慶應義塾大学環境情報学部4年生の菅原潤一君と慶應義塾大学先端生命研究所の冨田勝所長、金井昭夫教授らの研究グループは微生物のゲノム配列からtRNAというアミノ酸の「運搬役」遺伝子を同定する高性能なソフトウェアを新たに開発し、今まで未発見であったtRNAを大量に発見することに成功しました。 バクテリアから人間に至るまで、生物の細胞は大部分をタンパク質によって構成しています。タンパク質は細胞内で20数種類のアミノ酸を結合することによって合成されていますが、その合成過程において「バリン」「ロイシン」「イソロイシン」などのアミノ酸すべてにそれぞれ決まったtRNAとよばれる「運搬役」がいます。ところが古細菌とよばれ地球上に太古からいるとされている微生物種では、生命活動を維持するために必須であるはずの「運搬役」tRNA遺伝子の多くが未発見であり、大きな謎とされてきました。 研究グループは、これまで生物学実験で部分的に同定されてきた古細菌tRNAのいくつかが通常とは異なる分子構造を経て合成されることに着目し、この特徴を調べ上げてコンピュータ上にプログラムしました。さらに、このプログラムを基にtRNAを生物の全ゲノム配列から網羅的に探索するソフトウェアSPLITSを開発し、およそ30種の古細菌全ゲノムを大規模解析した結果、51種の新規tRNA遺伝子が新たに発見され、いずれの古細菌種についてもアミノ酸の「運搬役」tRNAのセットをすべて同定することに成功しました。この新技術は国際学術誌「In Silico Biology」(6 (2006) 411-418)において発表され、太古の生命体のタンパク質合成系への理解を押し進めるものとなりました。また米国マサチューセッツ大学を中心として進められていた、国際的なゲノム解読プロジェクトに参加し、SPLITSを駆使して深海に生息する古細菌種Cenarchaeum symbiosumのtRNA遺伝子を同定することに貢献、菅原君は米国科学アカデミー紀要に掲載された論文に共著者として名を連ねました。現在世界中で数多くの生物のゲノム解読が進められていく中で、未発見のtRNA遺伝子は蓄積していく一方であり、問題視されています。直接的な国際ゲノムプロジェクトへの貢献により、同グループが開発した新技術の実用性が証明されました。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 ・山形新聞 12/22 1面 ・荘内日報 12/26 1面 |
2006年11月10日〜11日、第1回メタボロームシンポジウム(主催:慶應義塾大学先端生命科学研究所)が鶴岡タウンキャンパス 公文大大学院ホールで開催されました。国内のメタボローム研究の第一線で活躍する研究者・企業関係者ら157名が集い、21の口頭発表とメタボロームキャンパスツアーが行われました。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 ・山形新聞 11/11 ・荘内日報 11/12 |
先端生命科学研究所オープンキャンパス2006開催 (06.8.26)
2006年8月26日、先端生命科学研究所バイオラボ棟と、鶴岡メタボロームキャンパス(鶴岡市先端研究産業センター)にて、「慶應義塾創立150年記念 慶應義塾大学先端生命科学研究所
オープンキャンパス2006」(主催:慶應義塾大学先端生命科学研究所、協力:鶴岡市)が開催されました。 詳しくはこちらをごらんください。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 ・山形新聞 8/27 ・荘内日報 8/29 |
2006年8月25日〜26日の2日間、日経BP社主催のバイオ投資家を対象とした「バイオファイナンスギルド2006」が開催されました。17名の関係者が参加し、メタボローム実習を含むバイオの最先端の実習に取り組みました。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 *Biotechnology Japan ・8/25 9:39am「BFG、鶴岡市の慶大先端生命科学研究所で最先端のメタボロームと遺伝子操作実習開始」 ・8/25 2:15pm「BFG、メタボロームとシステム生物学の講義を受講」 ・8/25 3:52pm「BFG、今年6月にオープンしたばかりの鶴岡メタボロームキャンパス訪問 」 ・8/25 4:05pm「BFG、メタボローム解析始まる 薬物代謝の差を検出できるか? 」 ・8/26 11:25am「BFG、実習2日目始まる、富士写真フイルムのデモからDNA自動抽出装置で極めて簡単にDNA入手 」 ・8/27 8:48am「BFG、全日程を終え、無事終了 大腸菌でのGFP・YFPの発現に成功 」 |
BTJより |
2006年8月21日〜23日の3日間、慶應義塾一貫教育校の高校生を対象とした「サマーバイオカレッジ2006」が開催されました(後援:山形県、鶴岡市)。これは、遺伝子工学やゲノム情報のコンピュータ解析などの実習体験を通じて、高校生のサイエンスへの興味・探求心を引き出すことを目的とし、2001年度より毎年開催されているものです。 20名の生徒が参加して、熱心に実験に取り組みました。 |
慶應サマーバイオキャンプin鶴岡2006開催 (06.8.5)
2006年8月3日〜5日の3日間、全国の高校生を対象とした「慶應サマーバイオキャンプin鶴岡2006」が開催されました(後援:山形県、鶴岡市)。これは、遺伝子工学やゲノム情報のコンピュータ解析などの実習体験を通じて、高校生のサイエンスへの興味・探求心を引き出すことを目的とし、一昨年度より3年連続で開催されたものです。 参加者は国内から18名、海外から2名の計20名で、非常に高い意欲で積極的にバイオの実習に取り組みました。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 ・山形新聞 8/4 ・読売新聞(全国版) 8/12 |
メタボローム解析で急性肝炎のバイオマーカーを発見 (06.4.12)
慶應義塾大学環境情報学部・先端生命科学研究所の冨田勝学部長、曽我朋義教授らと慶應義塾大学医学部医化学教室の末松誠教授の研究グループは、新規に開発したメタボローム(細胞内の全代謝物の総称)測定法を用いて、アセトアミノフェンによって引き起こされる急性肝炎の血中バイオマーカーを発見しました。アセトアミノフェンは解熱鎮痛薬として広く使われていますが、大量摂取すると急性肝炎を誘発することが知られており、米国では毎年100人以上がアセトアミノフェン中毒で死亡しています。 先端生命研で開発したキャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)によるメタボローム解析技術は、細胞から一度に数千個の代謝物質の分析を初めて可能にするなど、世界的な注目を集めています。今回、従来法に比べ数倍以上の高感度化と数十倍の高速測定を可能にしたキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS)を開発しました。またメタボローム測定で得られた膨大なデータの中から変動のある代謝物を瞬時に探索するソフト(名称:メタボロームディファレンシャルディスプレイ)を開発しました。これらの新規メタボローム解析技術を用いて、アセトアミノフェンをマウスに過剰投与し、肝臓細胞内と血液中の代謝物質の変動を網羅的に測定したところ、急性肝炎発症時に、薬物に対して解毒作用を持つグルタチオンの枯渇に伴い、ある物質が肝臓細胞内および血液中で急増していることを発見しました。 慶大グループは、この物質がオフタルミン酸であることを特定しました。また、グルタチオンの減少によってグルタミルシステインシンセターゼという酵素が活性化し、オフタルミン酸が生合成されるメカニズムも解明しました。肝臓中で増加したオフタルミン酸は血液中に瞬時に輸送されるため、血中のオフタルミン酸濃度も急上昇することも見つけました。このバイオマーカーがヒトでも確認できれば、血液中のオフタルミン酸濃度を測定することにより、薬物による急性肝炎や酸化ストレス病態の早期の診断が可能になります。 これは文部科学省リーディングプロジェクトの細胞・生体機能シミュレーションプロジェクトの研究成果であり、米国生化学分子生物学会誌 Journal of Biological Chemistry電子版に4月11日掲載されました。 曽我教授は、「ここ数年、世界中の医学、製薬の研究機関、企業がバイオマーカーの発見にしのぎを削っているが、新しいバイオマーカーはほとんど発見されていない。私たちが開発したメタボローム解析法はバイオマーカー探索においても非常に有用な技術であることが証明できた。今後、このCE-TOFMS法が低分子バイオマーカー発見の強力な手段になるはず。」と話しています。 また、末松教授は、「今回の成果にはメタボロームの膨大な測定情報を効率よく解析して、研究者に視覚的に本質を伝えるメタボロームディファレンシャルディスプレイなどのユーザーインターフェイス技術開発に関するブレイクスルーができたことの貢献が極めて大きく、分析化学、生化学、医学、コンピュータサイエンスの異分野融合学際プロジェクトの成果になった。」と語りました。 このニュースは下記のメディアでも報道されました。 ・Biotechnology Japan「慶應大学、メタボローム解析で消炎鎮痛剤が誘導する急性肝炎のマーカー発見」 ・山形新聞 4/13 20面 ・荘内日報 4/14 1面 ・日刊工業新聞 4/17 8面 ・朝日新聞 4/18夕刊 3面 |
慶應義塾、山形県、鶴岡市 協定書取り交わされる (06.3.27)
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2006.3.27 調印式にて 左より:安西祐一郎塾長、後藤靖子山形県副知事、富塚陽一鶴岡市長 |
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